キノコを遣った免疫療法は有名ですよね

免疫療法では昔から、キノコが遣われてますよね。どんなキノコが免疫療法で遣われてるのか調べましたから、書いて行きますよ。まず、姫マツタケといわれる、アガリクスがあります。これは有名ですよね。次に、メシマコブというのもあるんです。そして、ハナビラダケ、シイタケ、シメジ、マイタケ、マツタケなどがあげられますよ。
胃がんがどんどん進行し、進行胃がんになってしまった場合、すでにリンパ節への転移が始まっていることがほとんどです。リンパ節から次第に遠い組織にも浸食していき、膵臓などへの臓器への転移が始まる可能性もでてきます。胃がんが転移する中で、最も転移しやすい場所が肝臓です。肝臓に転移したがん細胞は、肝臓で成長をはじめます。
 【ホッと一息@北海道】ここでは「動くこと山のごとし」なのだそうだ。頻繁に噴火活動を繰り返す北海道の洞爺湖有珠山地域で9月末から、第2回日本ジオパーク全国大会が開かれた。ジオパークとは地球の変動の歴史を学びながら自然を楽しむ公園のことで、大会では観光をはじめとしたその活用法について全国から関係者が集まって議論を繰り広げた。東日本大震災のように大地の営みは大災害を引き起こす危険性をはらんでいるが、われわれはどう共生すればいいのだろうか。(札幌支局 藤井克郎)

 「私たちは、活火山の近くに多くの住民が暮らすという、世界でもまれな地域にいる。火山の恵みとして温泉や農業などさまざまな恩恵の一方、必ず起きる次の噴火への警戒から防災知識の伝承を図り、火山を知り火山と仲よくする道を選んできた。この大会では、ジオツーリズムを通じた観光地づくりというテーマを通して、ジオパークの社会への役割について考えを深めていただくことを期待しています」

 9月30日に洞爺湖町の洞爺湖文化センターで行われたフォーラムの開会に当たり、大会組織委員長を務める真屋敏春洞爺湖町長は、こんな言葉で全国から集まった参加者に語りかけた。

 ジオパークは、2004(平成16)年にユネスコの支援で設立された世界ジオパークネットワークによって世界各国で推進されており、日本ではこの9月に認定されたばかりの室戸ジオパーク(高知県)を含め、全国で5カ所が登録されている。その日本版といえる日本ジオパークネットワークに加盟しているのが20地域で、さらに10地域が準会員として認定を目指している。

 今回、第2回全国大会の会場となった洞爺湖有珠山ジオパークは、平成21年8月に糸魚川(新潟県)、島原半島(長崎県)とともに日本で初めて世界ジオパークに認定された。巨大なカルデラ湖である洞爺湖を中心とした雄大な景観に、火山活動によってもたらされた自然の恵みや縄文文化、さらに20世紀に4回も噴火を繰り返して姿を変えてきた有珠山と、見どころたっぷりの自然公園だ。

 大会は9月29日から3日間、「ジオツーリズムを通じた観光地づくり〜変動する大地との共生〜」をテーマに開催された。そのメーンのプログラムが2日目のフォーラムで、地元の小中高生によるジオパーク取り組みの発表や各地のジオパーク関係者によるシンポジウム、さらには作家の倉本聰さんの講演と、盛りだくさんの内容だった。

 中でも、倉本さんの公演後に行われた倉本さんとNPO法人防災情報機構会長の伊藤和明さん、三松正夫記念館館長の三松三朗さんの3人による鼎談(ていだん)は興味深かった。三松さんは、昭和新山の定点観測を続けた火山研究家、三松正夫の娘婿で、義父の活動を引き継いで火山の防災教育をライフワークにしている。

 その三松さんによると、地震も津波も火山も地球が生きた星であることの証しであり、地球の営みの中で人間は生かされているという地球中心の考えがジオパークなのだという。「なんで100年の間に4回も噴火したところに住んでいるのかとよく聞かれるが、だったらどこに引っ越したら安全ですか。絶対に安全なところなどないんです。自然に忠実に行動すれば、危険は回避できる。地震や火山は何も悪くない」と力説する。

 さらに「人間はほかの動物の何の役にも立たない。死んだって火葬にして灰になったら、動物の栄養にもならない。逆に緑をつぶすなど、ほかの生物を食いつぶしている。地球が許してくれる範囲でひそやかに生きる。そんなことを考えるのがジオパークの原点かなと思います」と三松さん。なるほど。

 翌10月1日は、実際に洞爺湖有珠山ジオパークをめぐるジオツアーが3つのコースに分けて実施された。記者はそのうち、2000年噴火遺構コースにお供したが、驚きの連続だった。

 平成12年3月31日から始まった噴火の火口付近を散策するルートで、地面の隆起で破壊された道路や建物に、泥流の被害を受けた集合住宅や橋などもそのまま残っている。そんな約3・5キロの道のりを、道胆振(いぶり)総合振興局の洞爺湖有珠火山マイスターに認定された7人のガイドで、3時間ほどかけて歩いた。

 火山マイスターは現在、20人いるが、記者が同行したグループをガイドしたのは、今年認定を受けたばかりという池田武史さん(64)。自らスケッチした絵を見せながら、江戸時代に始まった噴火の歴史や地面が隆起した仕組みなどを解説する。山が300メートルもずれたという話をしながら「風林火山は『動かざること山のごとし』ですが、ここでは『動くこと山のごとし』といわれるくらい、よく動くんです」との言葉に、ツアー参加者が大きくうなずく。

 幾重にも施された砂防ダムなど、その後の防災対策も見ることができるが、11年前の噴火のときは火口が60以上できたといわれており、池田さんによると、次はどこから噴火するのか予測できないという。そんな危険な地域に、洞爺湖温泉の町並みが広がっているというのが現状だ。

 「火山学者が語る言葉をかみ砕いて伝えていく人間がいたらいいのかな、と噴火の語り部としてお手伝いできたらと思った」と火山マイスター制度に応募した池田さんは、定年退職後の4年前に、横浜市から有珠山近くの伊達市に移り住んできた。「今日が初めてのガイドでしたが、まだまだ私なんか何も知らない。もっと知識を増やして、ガイドだけでなく、絵なり文章なり、いろんな手段で発信していきたいですね」と話す池田さんは、伊達市の地域生活情報サイト「むしゃなび」でエッセーやスケッチをつづるなど、洞爺湖有珠山近辺の魅力をアピールしている。

 「ずっと東京で勤めてきた人間から見ると、ここは山あり、海あり、丘あり、川あり、湖ありで、景観が変化に富んでいる。海の向こうに山並みが見えるところなんてそんなにないし、神々しい感じがする。噴火があってもまたここに住みたい、というのはわかりますね」

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